ライブ・サインズ第1話~オジ専君主と暴食男爵~#2

 2 腐れ縁三人組

 馬車馬のいななきが響いた。
 皮革製の鎧をつけた筋骨隆々の女性が、手綱を握っている。
 不服そうに馬を引いているのは、灰色の髪の少年だ。犬の耳と尻尾らしきものが生え、手足もまるで獣のようだ。
 荷台には青い三角帽子の少女が乗っている。クセっ毛気味の金髪に、切れ上がった目をしている。
 少女――セリアーナが荷台から顔を出し、女性に言った。
「すみませんオレンさん、同行していただいて」
 オレンは軽く振り返り、「何、私はお前とともに行くと言っただろう」と微笑んだ。
 セリアは礼を述べる代わりに微笑み返すと、
「それに比べて、エルークさんは」と、少年を非難するような目で見た。
 エルークは一層眉をひそめた。
「んだよ、オマエがムリヤリ連れてきたんだろ」
「報酬分は働く、それが傭兵でしょう」
「報酬ぅ?」
「何回も言ったでしょう。道中の荷物持――」言葉を濁すように咳払いし、「護衛をしてくれたら、借金をチャラにするって」
「現金にならねーじゃねーかっ!」
「結果的に十万分の報酬ですよ、おいしい話でしょう?」
「ごまかしてるけど、要はタダ働きだろ!」
 その言葉に、セリアは眉を吊り上げた。
「ちょっと、私への借金はどうでもいいんですか? そんなこと言うと、利子も上乗せしますよ!」
「二人とも、それぐらいにしておけ」
 話が白熱し始めた二人を軽く制し、オレンは話題を切り替える。
「そんなことよりも、城に着く頃には夜になりそうだぞ」
「ああ、この辺荒れてるもんな。道も畑も」
 周囲を見回すエルーク。
 セリアは魔法杖を取り出し、内蔵の混沌儀を見やった。混沌濃度は、十段階の四を示している。
 普通は二から三程度だ。ここの君主は、領内の混沌を制御していないのだろうか……
 すとんと腰を下ろすと、魔法師協会の本拠地エーラムで渡された指令書を取り出し、広げた。
『彼の地のロードに仕えよ』
 つまり、ここの君主と契約し、その契約魔法師として仕えろ、ということだ。
 魔法師協会の指示には逆らえないが……文面がやたらと簡素で雑なのは、急いだせいか。
 ふと、オレンがセリアに声をかけた。
「そういえば、お前の姉もロードなのだろう? 確かすぐ隣の領の」
「え、ええ」
「良かったじゃないか。魔法師として姉に仕えるのは叶わなかったが、隣国なら暇を見つけて会いに行ける」
 そうだ。学生時代に比べればだが、これからは気軽に姉に会いに行ける。さすがに本人のところに、とは行かなかったが、隣に派遣してくれただけ、学長は融通を利かせてくれたのかもしれない。セリアは、そう思うことにした。
 と、
「――お二人とも」
「ああ」
「おう」
 馬が歩みを止め、尻込みしたように鳴く。
「混沌が収束しつつあります。この気配は――おそらく、低級魔族」
「まずいな……」オレンは舌打ちし、手元の革ムチを握った。「エルーク、置いていくぞ!」
「え、ちょッ」
「はいやぁ!」
 ムチを振るう鋭い音が響く。
 エルークが答える間もなく、馬車は猛スピードで走り始めた。手綱を掴み損ね、派手に転ぶ。
「――っくしょう!」
 足が一瞬光ったかと思うと、エルークは急加速し、荷台へと脅威の跳躍を見せた。

 3 邂逅は意図せずに

 クリス、アルベルト、ヒヅマの三人が振り向くと、先ほどより明らかに強大な混沌が収束していた。
 虚空から、青白い肌をした幼児のような体に、ねじくれた角と、コウモリのような羽を持った投影体が、五体現れる。小鬼とも呼ばれる低級魔族、インプだ。
 村人たちは逃げ惑い、ミミは、腰を抜かした老人を助けようと手を引っ張っているが、どうにもならない。
 そこに、インプたちの向こう側から、一台の馬車が乗りつけた。
 馬を引いていた女性、荷台にしがみついていた少年、そして荷台の中から、三角帽をかぶった少女が現れる。
 クリスはその少女に強烈なデジャブを感じた。自分とお揃いの、クセっ毛気味な金髪に、ピンクの瞳。そうだ、この少女は――
「セリア!」
 突然愛称で呼ばれて、セリアは声の主を見やる。
「お、おねっ、お姉様ぁ⁉」
 間違いない。自分と似た容姿に、何よりデコルテに浮かんだ聖印の形に見覚えがあった。
「どっどっどうしてここにっ」
「それは後に。今は、こいつらを片づけるのが先だ」
 ヒヅマが言った。彼はすでに臨戦態勢だ。
 それが聞こえたか、セリアはえふんと咳払いする。外套の中から液体の詰まった瓶を取り出し、インプ集団の中心目がけ投げつけた。瓶が地面に落ちて割れると同時に、魔法杖を突き出す。
「ファイアー!」
 その声とともに、瓶の中の液体が、一気に燃え上がった。
 魔法師。混沌を自在に操作し、魔法を扱う。彼女は、その中でも特に薬学を得意とするアルケミストだ。
「ガキャッ⁉」
 対応が遅れた三体のインプが、炎に巻き込まれる。
 アルベルトは愛馬を走らせた。ローザがいななき、聖印が煌く。
 キャヴァリアー。聖印を介して乗騎と文字通り人馬一体になるロードだ。
 巻き込まれた者はじきに燃え尽きると判断し、炎を回避したインプを狙う。
 そして、
「はっ!」
 胴体目掛けて突剣を突き刺す。
 インプは大きくもだえる。が、瞳に反撃の色がよぎった。
「アル、危ないっ!」
 クリスは細剣を構え、駆け出した。刃が光り、刀身がぶわりと炎を纏う。
 セイバー。聖印の輝きで、刃を研ぎ澄ませるロードだ。
「ええいっ!」
 細剣はインプの頭を捉え、中身を焦がす。「ギャッ」と短い叫びを上げ、跡形もなく霧散した。
 残った一匹めがけ、エルークは四足に近い体勢で駆ける。両腕が、両足が、より獣に近く変化している。
 ライカンスロープ。混沌を取り込み、獣の力をその身に宿した邪紋使い。それが彼だ。
 獣のような爪が、インプを跡形もなく引き裂――くかと思った直前、爪先から魔力の矢が放たれた。
「ぐ……っ!」
 ギリギリのところで回避が遅れた。エルークは矢を喰らってしまう。
「平気か、少年!」
 ヒヅマはエルークの無事を確認しつつ、クリスの背後を守れる位置に移動する。 
 彼はアンデッド。混沌によって、不死に近い身体を得た邪紋使いだ。
 オレンは両腕をより頑強に変化させ、物騒な太い爪を伸ばした。
 レイヤー・ドラゴン。竜に為り切ることで、同様の力を手にする邪紋使いだ。
 地を揺らさんばかりの勢いで駆け、「喰らえッ!」叩き潰さんばかりに爪で殴りつける。
 最後の一体は悲鳴を上げるまでもなく、太い爪に貫かれ、霧散した。
 それを確認して、各々に戦闘態勢を解く。
 とてとてと、エルークに駆け寄るクリス。
「大丈夫っ?」
 と、彼の傷に触れる。手のひらからじんわりと暖かい光が発せられたかと思うと、傷は跡形もなく治っていた。
「お陰で助かったわ。ありがとう」
「お、おお……」
 予想外だったのか、エルークは目を丸くし、間の抜けた声を出した。
「そんなことよりお姉様」セリアが声を張り上げる。「どうしてこんな所にいらっしゃるんですか、他領ですよ!」
「ほら、私たち結婚したから! 挨拶回りしてるの」
 クリスは旦那の腕に手を回した。
「直接会うのは初めてになるか?」アルベルトはセリアを見やり、貴族らしく優雅に頭を垂れた。「この度、ローゼンベルク家に婿入りさせて頂いた、アルベルトと申す」
「これはご丁寧に。ヴァンフリート家の魔法師、セリアーナと申します」
 と、スカートの裾をつまみ、頭を下げ返した。
 小首をかしげる姉の疑問を察し、
「私はもう、養子に行きましたから」
「そんな寂しいこと言わないの! セリアはいつまでも、私のかわいい妹だよ!」クリスはセリアに抱きつくと、「だからセリアもアルのこと、遠慮なく『お義兄様』って呼んでくれていいから! ね!」
「わかりましたから、離してください」
 態度こそそっけないが、セリアの頬は少し赤い。
 姉が言うことを聞いてくれるのを待って、今度はヒヅマに会釈する。
「ヒヅマさんもお久しぶりです。そして、非常にお疲れ様です」
「本当にな」
 ヒヅマはぼそりと言った。
 クリスがふたたび首をかしげる。
「ところでセリア、どうしてジャザラーク領に?」
「ここの領主に仕えるよう、アカデミーに指示されまして」
「ええ……でも、ここの君主……」
「クリスティア、それは村人から語ってもらうこととしよう」
 アルベルトの意見に、クリスはこくんと頷き、
「っていうか、オレンちゃんだよね! わー、ひさしぶりっ!」
 唐突に話題を変えた。
「こちらこそ、クリスティア卿」オレンは軍式の敬礼をし、視線を移した。「ヒヅマ殿も」
「ああ。相も変わらず筋骨隆々として……」と、ヒヅマは眉をひそめる。
「そういえば、前に仕事で付き合いがあったとか」と、セリア。
「うん! すっごく活躍してくれたよ!」クリスは嬉々と言う。
「あ、あの……ありがとう、ございます」
 腰が抜けていた老人が、おずおずと言った。話が盛り上がっている最中に割り込むのは、気が引けたのだろう。
 周囲にいた村人たちも、クリスたちに感謝を告げた。

 続き→http://29318850.at.webry.info/201502/article_7.html

"ライブ・サインズ第1話~オジ専君主と暴食男爵~#2" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント